電気化学の力で表面を変える!未来を支える機能性材料を構築

北海道大学 大学院工学研究院 界面電子化学研究室 幅﨑 浩樹 (はばざき ひろき)教授

環境やエネルギー、資源問題に貢献が期待できる機能性素材を、金属表面処理技術の側面からご研究されている北海道大学 大学院工学研究院 界面電子化学研究室 幅崎 浩樹 教授にお話を伺いました。

Episode1:機能性酸化膜の可能性を探る

私の研究室では、電気化学をベースに、各種表面処理技術を組み合わせることによって、金属材料に新たな表面機能を付加する研究に取り組んでいます。また、そうして作り出した機能性素材を、社会のなかでどのように応用できるかについて研究をしています。
金属表面処理は、防食・耐食や耐摩耗を目的に技術が発達してきましたが、最近では機能性酸化膜としての応用に期待が高まっています。

Episode 2:陽極酸化技術の魔法① 水が跳ねる、転がる!~超撥水性材料の研究~

電気化学のメリットは、電源と溶液と電極さえあれば低コストで簡単に物質を創製することができる点にあります。特にナノサイズの孔が規則正しく並ぶ多孔質酸化物薄膜などは、ほかの工学的手法よりもずっと簡単に作ることができます。こうした技術を活用して機能性酸化膜の研究を90年代後半から行っています。
その成果の一つが水や油に濡れない超撥水・超撥油表面アルミニウムです。蓮の葉の表面が水をはじくことをヒントに、同じような突起構造を持つマイクロ/ナノポーラス薄膜を開発しました。超撥水現象はフラクタル表面1を作ることで現れます。そうした構造を作るのに、陽極酸化技術が使えます。アルミニウムにエッチングでマイクロスケールの凹凸をつけ、さらに陽極酸化によってナノスケールの細孔構造を作ります。

このフラクタル表面は水だけでなく油もはじく超撥油性を有します。しかも水や油をはじくと同時に表面の汚れを液の側に付着させる防汚性、セルフクリーニング性も合わせ持ち、またエマルジョンから油を分離するようなフィルタ機能を持つこともできるので、多種多様な産業への展開が考えられます。身近なところでは、この北海道のように雪の多い地域は着雪による重みで電線が切れやすいので、雪の付かない電線へ応用を考えていて、実用化が期待されています。

Episode 3:陽極酸化技術の魔法② 次世代エネルギー“水素”を作る!~期待されるアルカリ水電解電極材料~

アノード酸化(陽極酸化技術)を使った研究の一つとして、次世代エネルギーとして期待される水素を電解によって生成するプロセスの効率化に取り組んでいます。水電解にはいろいろな方法があります。アルカリ水電解は最も低コストな方法ですが、過電圧※2が高いことが課題のため、高活性で高耐久性の新しい電極、特に酸素を低い過電圧で効率的に生成できる電極触媒が求められています。
高活性な水電解のアノード電極触媒としてルテニウム酸化物が知られていますが、私たちは高価なルテニウムを使用せず、カルシウム、鉄、コバルトのようなありふれた材料でルテニウム酸化物よりもはるかに高活性の酸化物をNEDO※3事業にて発見しました。ただしこの酸化物は粉末のため、電極集電体に接着する必要があります。導電性を良くするためには、接着材となるカーボンを混ぜて集電体に接着させる工夫が要りますが、接着バインダーを用いてもガス発生によって触媒の剥がれや、カーボンの酸化でCO2を発生するという問題が避けられません。
そこで、金属を陽極酸化して、高活性触媒層を作ることができればこの問題を解決できるのではないかと着想するようになりました。NiFe合金をフッ化物系の電解液でアノード酸化すると、合金上に多孔質なフッ化物皮膜が生成されますが、実はこれが前駆体となって、アルカリ電解液中において高効率に酸素を発生する触媒層となることを見出しました。フッ化物前駆体からアルカリ電解液中で生成する活性層はオキシ水酸化物であり、これはアルカリ電解液中で安定であることから、耐久性に優れていることもわかりました。

Episode 4:HORIBAのマーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置(GD-OES)との出会い

私がアモルファス※4金属のメッカと呼ばれていた東北大学の金属材料研究所に入った当初、アモルファス金属を用いた触媒研究に加え、耐食性アモルファス金属の表面分析も行っていました。
当時、金属材料研究所は全国共同利用施設として共同研究や設備利用のため全国から研究者が訪れていました。その中の一人、慶応大学の清水先生と知り合ったご縁により英国マンチェスター大学に留学の機会を得て、アルミニウムの陽極酸化の研究を始めることになりました。英国から帰国し、金属材料研究所に戻って間もない頃、表面技術協会の講演大会に参加した際にHORIBAの営業担当さんと清水先生にGD-OES(以下、GDS)を紹介されました。そして、GDSが設置されていたHORIBAの東京オフィスへサンプルを持って行き、初めてGDSを使って解析を行いました。
GDSと出会う前は清水先生にお願いして二次イオン質量分析 (SIMS)で分析をしていました。SIMSは試料の前処理や正確な解析結果を得るための機械操作に熟練を要することから、一つの解析結果を導きだすまでに膨大な時間と労力が必要です。それがGDSを使えば前処理もなく瞬時に解析できるので、一度に20個程度のサンプルを持参したのですが、1時間ですべての測定が終わり、感動したことを覚えています。
その頃、金属材料研究所ではRBS (Rutherford Backscattering Spectrometry)を陽極酸化膜の分析方法としてよく使っていました。清水先生のアルミニウムの陽極酸化試料や私たちの試料でも、GDSの解析結果が信頼性の高いRBSの解析結果ともぴったりと合っており、GDSで得られる深さ方向分析データは、非常に信頼できるデータであることを確信することもできました。

 

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Episode 5:GDSとラマン分光分析が解き明かした金属表面の謎

アルミニウムの耐食性やアルミニウム電解コンデンサの誘電体の研究にもGDSが活躍しています。誘電体に用いるアルミニウム酸化膜は、アモルファス酸化膜よりも結晶性酸化膜のほうが電気を貯めることができます。結晶性の良い酸化膜を作るための最初の工程として、アルミニウム箔をお湯に浸して水和させるプロセスがあります。このプロセスを経ることにより、一般的なプロセスで陽極酸化するとアモルファス状態になるアルミナ誘電体を、結晶性を持つ状態にすることができます。この最初の工程で作る水和酸化物の膜がこれまで知られていない重要な性質を持っていることが、GDSとラマン分光分析によって明らかになりました。
この水和処理は、アルミニウムの耐食性を向上させるためにも利用します。水和酸化物皮膜は鱗片状の外層と緻密そうに見える内層の二層構造になっていますが、この水和酸化物は電子線に弱いため、TEM(透過電子顕微鏡)での詳細な構造解析は難しく、それぞれの層の構造を解明することは容易ではありませんでした。

リン酸アニオンを含むアルミニウム上の水和酸化物中の深さ方向元素分布

そこでGDSを使って深さ方向の元素分布情報を取得しながら、途中でエッチングを止め、その場所をラマン分光で分析するという工夫によって、水和酸化物が生成するメカニズムを結晶構造とあわせて解明することができました。水和処理によってできる水和酸化物が疑似ベーマイト※5であることはわかっていましたが、二層(内側と外側)とも同じ構造かどうかはわかっていませんでした。もともとベーマイト特有のラマンピークは外層がある時はしっかり見えていますが、内層だけになるとほとんど確認できません。内層のラマンスペクトルには水酸化物のブロードなピークが残っていることから、ベーマイトの結晶性のものは外層だけで、内層はアモルファスの構造になっていることがわかりました。
さらに興味深い結果もGDSから得られました。アルミニウムを水和処理せずリン酸系水溶液で薄く陽極酸化処理をすると酸化皮膜にリン酸アニオンが深く入っていきます。ところが水和膜があると、水和しただけにもかかわらず水和膜の下にリン酸アニオンが入っていきません。アルミニウムの水和酸化物はリン酸アニオンを強く吸着する性質を持っています。このアニオンを吸着した水和酸化物膜は負の電荷を持ち、水やナトリウムなどのカチオンを通す一方で、静電的な斥力が働くため他のアニオンを通さないのです。したがって、比較的緻密な水和膜内層はアニオンの侵入を妨げることができることになります。こうした基本的なメカニズムの解明によって、耐食性などの理解が深まると感じています。
 

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Episode 6:基礎研究の成果を未来社会につなぐ

超撥水やアルカリ水電解の研究に見られるように、陽極酸化技術による機能性酸化膜の応用はますます広がりが期待できます。それぞれの研究において、アルミニウムのみならずチタンなどの軽金属以外に、鉄やステンレス鋼などへの応用にも取り組み、すでに企業と共同でを進めている研究もあります。これまで基礎中心に地道な研究をしてきましたが、最後は世の中に役立つところにつながってほしいと思いますので、それぞれの研究をどのように実用化していくかも追求し、電気化学・材料科学の観点から持続可能な開発目標(SDGs)の具現化に貢献したいと思います。

 

(インタビュー実施日:2022年10月)
※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

 

 

Profile

幅﨑 浩樹 (はばざき ひろき)
北海道大学 大学院工学研究院 界面電子化学研究室 教授

 

(学歴)
1982年4月 - 1986年3月   東北大学   理学部   化学科
1986年4月 - 1988年3月   東北大学   大学院理学研究科   化学専攻博士前期課程


(経歴)
1988年4月 - 2000年3月 東北大学金属材料研究所 助手
1993年11月 - 1995年10月 マンチェスター理工科大学腐食防食センター 博士研究員
2000年10月 - 2005年9月 マンチェスター理工科大学腐食防食センター 客員研究員
2000年4月 - 2006年3月 北海道大学大学院工学研究科 助教授
2006年4月 - 2010年3月 北海道大学大学院工学研究科 教授
2010年4月 - 現在 北海道大学大学院工学研究院 教授

 

注釈

※1)  フラクタル表面にはナノスケール,マイクロスケールなど異なるサイズの凹凸があって表面積が大きいため濡れが強調される結果、超撥水や超親水現象が現れる。 固体が疎水性の場合は、水滴はフラクタル表面との接触をなるべく避けようとして、体積を一定にしたまま最も表面積を小さくできる球形におさまる
※2)  過電圧:電気分解を行っているときの正(陽)極または負(陰)極に、それぞれの極が平衡にあるときの電位に比べて、正または負に余分にかかっている電位の大きさ
※3)  NEDO : 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の略称
※4)  アモルファス:結晶構造を持たない物質の状態のこと
※5)  ベーマイト (Boehmite): AlOOHの組成で示されるアルミナ1水和物

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