2. 新たなガス濃度演算手法の開発

IRLAMにおける最も特徴的な要素技術が、HORIBA独自の「濃度演算アルゴリズム」(世界初*、特許登録済(日本特許番号: 6886507、米国特許番号: 11030423)))です。ガス計測では、測定ターゲット以外のガスによる干渉やさまざまな影響を低減することが重要です。IRLAMの開発において、HORIBAは、測定したガスの吸収信号から「特徴量」を抽出し、その特徴量を用いて少ない演算量で干渉を補正する「濃度演算アルゴリズム」を確立しました。この特徴量による濃度演算のメリットは、従来のスペクトルフィッティング手法に比べ、精度を損なうことなく劇的に少ない演算量で濃度を算出できる点です。従来の方法でリアルタイムでの計測を行うには高性能なコンピュータが必要ですが、IRLAMでは装置組み込み型の汎用的なマイクロコンピュータでも十分に対応できます。

*2021年 自社調べ

ここからは、この濃度演算アルゴリズムについて、より分かりやすく説明します。


1) 赤外吸収を利用したガス濃度の測定

物質は、特定の光を吸収する性質を持っています。たとえば赤いリンゴが赤く見えるのは、リンゴの表面が、赤以外の波長を持つ光を吸収し、逆に、赤い波長の光を反射するからです。この現象は、赤や黄色などの目に見える光(可視光)だけでなく、ガス濃度の測定に広く使われている赤外光でも同じように起こります。この原理を利用して、赤外光を用いたガス分析計では、測定する容器(セル)の中にガスを入れ、そこに赤外光を通し、検出器で光の吸収量を検出することで測定します。ガスの種類によって吸収されやすい赤外光の波長が異なるため、吸収された赤外光の波長と吸収量を求めることで、「どの種類のガスが」「どれくらいの濃度で存在するか」を測ることができます。

赤外吸収を利用したガス濃度の測定

赤外吸収を利用したガス濃度の測定


2) 複数の種類のガスが混ざっている場合

しかし実際のガス測定では、たとえば自動車の排ガスのように、いろいろなガスが混ざっていることが通常です。複数のガスが混ざっていると、測定した吸収信号の山が複数に分かれてしまい、どの種類のガスがどれくらいの赤外光を吸収したのかが分かりづらくなります(干渉影響)。そのため、測定したいガスの濃度を正確に測定するために、いろいろな演算上の工夫が行われています。ここでは、濃度を測る対象とするガスを「ターゲットガス」、それ以外のガスを「干渉ガス」と呼びます。

単成分ガスと複数成分ガスの吸収信号の違い

単成分ガスと複数成分ガスの吸収信号の違い


3) 従来のガス分析における演算方法

従来の赤外ガス分析手法では、濃度の算出にスペクトルフィッティングや多変量解析という手法が用いられています。測定から得られた検出器の生信号を、①波長領域での吸収スペクトルに変換し、②その吸収スペクトルに対して、多くの演算ステップを経て、ガス成分ごとにあらかじめ用意した参照用スペクトルと照合することで、ターゲットガスの濃度を算出する方法が採用されています。この手法では濃度を正しく算出できる一方で、計算に時間がかかり、結果をリアルタイムに算出するには高性能なコンピュータが必要となります。


4) 演算量を劇的に削減するIRLAMの「濃度演算アルゴリズム」

IRLAMでは、測定から得られた検出器の生信号を、①時間領域の吸収信号にし、②その吸収信号の特徴を、抽象化した数値である「特徴量」に置き換えます。これはHORIBA独自の考え方です。それらの特徴量を、ターゲットガスや干渉ガスが持っている、あらかじめ計測したそれぞれ固有の特徴量と比べることで、その関係性から各成分の混ざり具合を認識し、濃度を算出します。この特徴量を用いた考え方では、何百点というデータを用いて計算する従来のスペクトルフィッティングに比べ、数個の数値のみで濃度が算出できるため、大幅に演算量を削減できます。しかし、測定の精度はまったく落ちません。これは、特徴量という数値に測定に必要な情報が十分に含まれているためです。

従来技術とIRLAM 技術での濃度演算方法の比較

従来技術とIRLAM 技術での濃度演算方法の比較

また実際の測定では、干渉ガス以外にも、周囲温度や圧力などの「外乱影響」によるレーザの波長シフトやガスの吸収特性の変化など、さまざまな要因が測定信号に影響します。HORIBAはこれらの要因が何か、影響度合いがどの程度かというデータを、過去からの経験に基づいて蓄積しています。それらの要因についても、干渉ガスと同様に特徴量として捉えて計算に含めることで、過酷な環境においても高い信頼性をもった測定結果を提供できます。これが、HORIBA独自の「濃度演算アルゴリズム」です。

環境影響にも強いIRLAM分析計

環境影響にも強いIRLAM分析計

HORIBAの「濃度演算アルゴリズム」では、装置組み込み型のマイクロコンピュータで十分に演算ができるため、これまでにないコンパクトな装置構成を実現できるようになりました。これにより、自動車の実路排ガス試験や、防爆対応が必要な石油製造プロセスなど、過酷な環境下におけるリアルタイム測定においても安定した測定結果を提供できます。

マイクロコンピュータの例

マイクロコンピュータの例


5) 他の追随を許さない、HORIBA独自のノウハウと綿密な工夫

しかし、ターゲットガスや干渉ガスが本来持っているそれぞれ固有の特徴量は、そもそもどうやって求めているのでしょうか?実はここにも、HORIBAのノウハウが詰まっています。HORIBAでは、温度や圧力などさまざまな環境条件のもとターゲットガスや干渉ガスの吸収信号を実際に測定することで、外乱影響が加味されたそれぞれの特徴量を、あらかじめIRLAM分析計に記憶させています。このとき、どのような特徴を抽出するかはHORIBAが長年蓄積したガス分析の経験と知見に基づいており、これらのノウハウによって、「環境影響に強く」「信頼性の高い」計測結果を提供することができます。

開発者コラム3 - IRLAM 濃度演算アルゴリズムをより分かりやすく解説

「特徴量」とは、分析する対象物の特徴を数値に換算(数値化)したものです。
特徴量という言葉は画像認識などのAI(機械学習)の分野でよく使われます。AIによる画像認識では、例えば、画像の中の、猫の特徴量、犬の特徴量、人間の特徴量など、予め学習させておいた対象物の特徴量という数値を抽出することで、その数値の関係性を見て、画像の中に何が映っているかを認識できるようになります。これと同じように、検出器の生信号から、予め学習(校正)した目的成分の特徴量、干渉成分の特徴量を抽出して、その特徴量の関係性から、目的成分と干渉成分がどれくらいの濃度でそれぞれ混ざっているかを認識(定量)できます。

HORIBAの次世代赤外分光技術 IRLAM

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