電動車の性能を左右するのは、モーターやバッテリーだけではありません。
その性能を引き出すカギの一つが、車両の熱マネジメントです。夏は車室の冷房やバッテリー、モーターの冷却が必要な一方、冬は暖房に利用できるエンジンの排熱がないため、車室やバッテリーを暖めるために多くの電力を使います。車内で発生する熱を効率よく管理することは、航続距離や快適性の確保だけでなく、開発期間にも関わる重要な要素です。
では、こうした複雑な熱の挙動を、実車が完成する前からどのように評価するのでしょうか?
HORIBAが2026年5月に本格展開を発表した「車両熱マネジメントシステム評価設備」は、この課題に応える設備です。今回は、企画・開発に携わった2人に、開発の背景や本格展開に至った経緯、設備に込めたおもいを聞きました。
左から、株式会社堀場製作所 エネルギー・環境技術本部 エネルギー・環境システムセンター マネジャー 畠山 淳、株式会社堀場製作所 エネルギー・環境技術本部 電動モビリティ部 マネジャー 道北 俊行
道北:開発の背景には、HORIBAグループの自動車エンジニアリングや試験事業を担うホリバMIRA社の電動車開発技術があります。同社はグループに加わる2015年以前から、電動車の熱マネジメントに関する研究開発を通じて、車両全体の熱を効率よく活用するための技術や知見を蓄積してきました。また、HORIBAは1970年代からエンジンや車両の性能評価に関わる試験を手がけ、試験室全体をシステムとして構築するシステムインテグレーション技術を培ってきました。
2018年にお客様から「こういうものが欲しい」というご相談をいただいたことをきっかけに、ホリバMIRA社とHORIBAが持つ技術を組み合わせ、実車の完成前から車両全体の熱マネジメントを評価できるシステムのコンセプトや仕様を検討していきました。
――その後、どのようにして本格展開に至ったのですか?
道北:2021年頃からは、熱マネジメント評価システムをより多くのお客様に知っていただき、活用してもらうための社内の動きが本格化し、営業や開発などが連携して国内の自動車メーカーや部品メーカーなど幅広いお客様に提案を行うようになりました。また、ホリバMIRA社の設備や知見を紹介し、どのように活用できるのかをご説明する機会も増え、こうした活動が具体的な引き合いや受注にもつながりました。2022年からは、私も含め設計担当者を加えるなど設計・開発の体制を強化し、お客様ごとのニーズに合わせた技術支援やコンサルティングにも取り組みながら、システムの適用範囲を広げています。
最初はお客様からの一つの相談から始まったものが、機能を拡充する中で、さまざまなニーズに対応できるようになりました。こうした取り組みを地道に重ねてきたことが、今回の本格展開につながったのだと思います。
――設備の特長について教えてください。
畠山:この設備の特長は、環境恒温槽、熱エミュレーター(熱模擬装置)、オートメーションシステムを組み合わせている点にあります。環境恒温槽では、さまざまな温度・湿度・走行風条件を再現し、熱エミュレーターではバッテリーやE-Axle(イーアクスル)※の発熱・吸熱を高精度に模擬します。
そして、HORIBAの車両開発テスト自動化システム「STARS Automation」が評価設備と車両熱マネジメントシステムを統合的に制御し、複雑な試験の自動化を実現します。計測と制御、試験データの取得や安全監視などを一元化し、各コンポーネント間の熱移動や車室空調の挙動をリアルタイムでモニタリングすることで、より効率的な熱マネジメントシステムの開発を支援します。
※ モーター、インバーターなどを一体化した電動駆動ユニットで、EVやHEVの駆動を担うパワートレイン
畠山:熱マネジメントの評価は、条件設定が複雑になりやすく、試験の再現性を確保するのも簡単ではありません。だからこそ、試験の自動化に加え、結果をリアルタイムで可視化し、誰が見ても状況を把握できることが重要でした。
「STARS Automation」は、その中核を担うシステムです。各コンポーネントと車両全体の熱挙動をそれぞれ確認できるため、課題の原因を特定しやすくなります。また、シミュレーションモデルと組み合わせることで、挙動の妥当性や再現性の検証も効率よく進められます。
本設備は、開発のさまざまな場面での活用を想定しています。例えば、車室が快適な温度になるまでの時間やその際の消費電力、バッテリーやE-Axleが適切な温度範囲で制御されているかなど、車両全体の熱マネジメント性能を評価できます。こうして得られたデータから課題を把握し、次の改善につなげられることが、この設備の大きな強みだと考えています。
熱マネジメント評価設備の全体図(研究開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」(滋賀県大津市)にある自動車開発試験設備「E-LAB」内)
――お客様にはどのように活用してほしいと考えていますか?
道北:お客様にとって大切なのは、設備の性能そのものではなく、それによって開発がどう変わるかだと思っています。評価のやり直しにかかる時間を減らし、意思決定を早め、結果として品質の安定化につなげる。そこまでを一体で支えることが、この設備の役割です。
さらに、研究開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」内にある自動車開発試験設備「E-LAB」では、導入を検討されているお客様向けのトライアルやトレーニングも提供しています。実際の熱マネジメントシステムを使った評価や改善を体験いただくことで、導入後の活用イメージを具体的に描くことができます。設備を見学するだけでなく、実際に使いながら理解を深められることも、この施設ならではの特長です。
――最後に、今後の展望について教えてください。
畠山:車両熱マネジメントは、一つの部品の評価だけで完結するものではありません。今後は、パワートレインやバッテリーの評価設備とも連携し、車両全体を捉えた評価環境の構築を進めていきます。個々のコンポーネントだけでなく、それぞれがどのように連携して機能するかまで評価できるようにすることで、実際の車両開発により近い条件で検証できるようにしていきたいと考えています。
カーボンニュートラルの実現に向けて、電動モビリティの高度化と開発効率化はますます重要になります。
HORIBAは、高精度な評価技術と幅広いソリューション提供を通じてお客様の車両開発を支え、自動車業界のさらなる発展に貢献していきます。
電動車やハイブリッド車の普及により、自動車業界では熱マネジメントの重要性が高まっています。自動車における熱マネジメントとは、車両内のモーター・バッテリーなどを冷却・温調するシステムや車室空調システムなどとの間で熱をやり取りし、温度を適切に制御・管理する技術です。
内燃機関車はエンジンが主な熱源であり、その廃熱を暖房に利用できるため、熱の管理は比較的シンプルです。一方、電気自動車やプラグインハイブリッド車では、バッテリーやE-Axle、車室空調など、さまざまなシステムが熱に関わるため、それぞれを適切な温度に保ちながら、車両全体の熱を効率よく管理することが求められます。
例えば、夏は車室空調やバッテリー、E-Axleの冷却が必要なのに対し、冬はエンジン排熱のような大きな熱源がないため、車室暖房やバッテリーの加温に多くの電力を消費します。また、急速充電時の発熱や低温時のバッテリー性能の低下にも対応しなければなりません。限られたエネルギーで航続距離や車室の快適性を確保するには、「いかに熱を逃がすか」に加え、「いかに熱を有効活用するか」という視点も大切です。
HORIBAの「車両熱マネジメントシステム評価設備」では、多様なパワートレインやシステム構成に対応し、バッテリーやE-Axle、車室空調などの熱マネジメントを幅広く評価できます。開発初期から実使用環境に近い条件で評価・最適化を行うことで、試作や実車試験への依存を減らし、開発期間の短縮やコスト削減を図るとともに、より快適な車室環境の実現につなげます。




