カーボンナノチューブ(CNT)は、その熱安定性、強靭性、軽さ、得意な電気特性、生体親和性において優れた性質をもち、ナノマテリアルとして様々な応用が検討され、実用化が進んでいます。特に、透明導電フィルム、帯電防止膜、タッチパネル、FET(電界効果トランジスタ)といったエレクトロニクス応用においては、CNTの分散技術が重要になっており、凝集度、長さ、電気特性(半導体性/金属性、CNTのネットワーク形成)が調べられています。
バルク分析による純度評価の場合には元素分析、熱重量分析などが用いられ、ナノ構造の観察には透過電子顕微鏡(TEM)や原子間力顕微鏡(AFM)が重要な分析手法となっていますが、特に単層カーボンナノチューブの分散性評価の場合には、光を用いた分析手法が有効です。本稿では、HORIBAで調製したCNT分散溶液の分析事例を使って、分析の実際について紹介します。
Figure 1 Structure of SWCNT Carbon hexagonal direction are expressed by chiral angle θ against the tube axis of longitudinal direction expressed as long dashed short dashed lines which correspond to θ=0 degree and θ=30 degree.
炭素(カーボン)原子は4つの結合手でつながるとSP3混成軌道を形成し3次元構造をとります(ダイヤモンド)。3つの手で結合するとSP2混成軌道を形成し2次元の平面構造をとり、これをグラフェンシートと呼んでいます。このシートが積み重なったものが鉛筆の成分である黒鉛(グラファイト)であり、π電子により電気伝導性を有します。
Figure 1に示すようにカーボンナノチューブは1枚のグラフェンシートがチューブ状になることで1次元構造となります。合成後のチューブは終端が閉じていて中は真空です。終端では五角形の構造と六角形の構造が組み合わされ、いわゆるサッカーボールで知られる曲面構造になります。チューブではなく球(0次元構造)の場合が、C60に代表されるフラーレンです。
多重に重なったチューブを多層カーボンナノチューブ(MWCNT)、一層のチューブを単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と呼んでいます。チューブになっても炭素六角形が成立する構造になるための条件は複数あり、SWCNTの構造はカイラル指数と呼ばれる数字の組で表されます。また、カイラル角で定義されるチューブの軸に対する六角形の方向は構造により異なっています。
Figure 1のチューブは、カイラル指数(5,5)の構造をしていて、チューブ直径は0.678nm、六角形の向きは最大の30度(π/6)になります。このタイプのチューブはアームチェア型と呼ばれ金属性を示すことがわかっています。チューブ直径は、構造によってサブナノメートルからスーパーグロースCNT(産業技術総合研究所)と呼ばれる2〜3 nmの直径を持つものまで存在します。このように、構造の種類としては数十種類の構造が考えられ、通常の合成ではこれらの異なる構造もつチューブの混合物が得られます。構造の違いによって半導体性を示すチューブと、電気伝導性を持つ金属性のチューブがあり、FET(電界効果トランジスタ)などのエレクトロニクスに応用されています。
しかし、本来のナノマテリアルとしての特異性を利用するためには、この多様な構造を制御する必要があり、将来、目的の特定の構造を持つチューブが自由に利用できるようになれば夢のエレクトロニクス素材が実現します。
カーボンナノチューブ(CNT)は容易に凝集するため、期待する性能を出すためには凝集・解繊状態を把握し、コントロールすることが不可欠です。そのためには孤立分散状態から凝集状態までの広い粒子径分布を、高分解能かつ迅速に評価できる分析手法が必要です。孤立分散した状態の繊維径と長さがカタログ値として示された 3 社/4 種類のCNT を、遠心式ナノ粒子解析装置Partica CENTRIFUGE で測定しました。
A 社製のCNT2 種類ともに孤立分散していることが判明し、かつ繊維径(直径)が異なるCNTで異なる粒子径分布となりました。測定された粒子径はCNTの長さにも依存しますが、孤立分散したCNT の繊維径の差を分析可能であることを示唆しています。B 社製のCNTを測定した結果、2 山形状の粒子径分布が得られました。SEM 観察の結果、実際に孤立分散したCNT と凝集したCNTの両方が観察され、それぞれの状態を表している粒子径分布と考えられます。C社製のCNTを測定した結果、凝集したCNT由来と思われる粒子径分布のみが得られました。SEM観察の結果、実際に孤立分散したCNTはほとんど見られず、凝集物ばかりの状態を示した粒子径分布と考えられます。このようにPartica CENTRIFUGEは分散液中の孤立分散したCNTの繊維径の違いや、凝集・解繊状態を見分けることができ、CNT分散液の性能評価や品質管理に貢献します。
* 本測定は堀場製作所-産総研粒子計測連携研究ラボにおいて行いました。
SWCNTは比表面積が大きいために凝集しやすく、合成後のチューブは通常チューブの束を形成しています。O’Connellらは、チューブを界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の重水溶液中で超音波分散させ、超遠心分離によりチューブが孤立分散した溶液を調製しました。吸光分光スペクトルを測定すると、分散状態が悪い段階では吸収バンドは観測できませんが、調製した高度に分散した溶液ではSWCNTの明瞭な吸収バンドを観測できるようになりました。
これは、チューブ間の相互作用がなくなることでバンド幅が小さくなったためです。そして、この溶液のNIR-PLを測定することにより、半導体性SWCNTから発せられる特徴的なNIR-PLスペクトルを観測することに成功しました[1]。
NIR-PLを連続した励起波長で測定することで、チューブ構造に1対1に対応するEEM(Excitation Emission Matrix)マップを得ることができます[2]。用いた装置はHORIBAのFluoroLog3-211にシングルチャンネル近赤外検出器を搭載したものですが、今では、アレイ検出器を搭載した近赤外発光分光装置Nanolog(Figure 2)が開発され、近赤外領域のEEMが高速に測定できるようになりました。測定例としてFigure 3に、アルコールCVD法で作成されたSWCNTのNIR-PL EEMマップ(a)と,カイラリティ分布(b)を示します。図中、数字の組はカイラル指数です。
Figure 3 NIR-PL of SWCNT by Alcohol CVD method (a)EEM map (b)Chirality distribution. A pair of numbers is chiral indices of SWCNT. Data courtesy of Prof. S. Maruyama, the University of Tokyo.
SWCNTの純度を測定するにはラマン分光法が有効です。グラファイト構造を示すGバンドと、チューブの欠陥やアモルファスカーボンに由来するDバンドが現れ、その強度比(ID/IG)は、SWCNT純度の指標となります。
Figure 4に分散剤にシクロアミロースを用いたときのSWCNT精製過程のラマンスペクトルを示します。触媒など不純物を取り除いた画分F1を遠心分離し、その上清を画分F2、沈殿物の再分散液を画分F3としました。ラマンバンド強度比ID/IGは、F1が0.60であるのに対して、上清画分F2では0.39を示し、遠心分離による精製により純度が向上したことがわかります。沈殿物F3のID/IGは、F1より大きい値(1.01)を示しました。
Figure 4 Comparison of Raman spectra on the process of purification SWCNT, which was dispersed in 20% cycloamylose aqueous solution, was purified by centrifugation. F-1 and F-2 were fraction of before and after purification respectively. F-3 was residue fraction after purification. Data courtesy of Prof. S. Kitamura, Osaka Prefecture University.
分散チューブの大きさを評価するためには、動的光散乱(DLS)法が用いられます。同原理を用いた弊社のナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)をFigure 5に示します。直径1nm程度の孤立分散チューブは溶液中では屈曲性線状分子の回転体(粒子)となってブラウン運動をしています。照射したレーザ光がこの粒子のブラウン運動により変調する様子から、その拡散係数を求め、球相当径としての粒子径が求まります。Figure 6に、0.2%カルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液に分散したSWCNTの粒子径分布を示します。
600 W超音波ホモジナイザの処理によって次第に粒子径(モード径)と分布幅(σ値)が小さくなっていく様子がわかります。分散したいCNTの直径や用途に合わせて、SWCNTの分散剤にはSDSの他にもドデシルベンゼン硫酸ナトリウム(SDBS)やコール酸ナトリウムといった界面活性剤、および、CMC[3]や水溶性キシラン[4]、核酸といった高分子が分散剤として用いられます。凝集チューブから効率よく孤立分散チューブを分離するために、最適な分散剤を選択することも重要です。
Figure 6 Time variation of particle size distribution of SWCNT in 0.2% carboxymethyl cellulose aqueous solution by ultrasonication Time values at left-side of figures indicate process time of sonication.
Figure 7 Particle size distribution of SWCNT/SDBS measured by DLS ?Dynamic Light Scattering?method
HiPco製SWCNT(Carbon Nanotechnologies, Inc.)を1%ドデシルベンゼン硫酸ナトリウム(SDBS)水溶液中で撹拌後、600 Wホモジナイザを用いて分散しました。精製後、超遠心機(CS150NX,日立工機製)で回転速度46,000 rpm(120000G)で1時間分離し、上清を試料としました。
ナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)により測定したDLS法による粒子径分布をFigure 7に示します。その大きさは50 nmから1000 nmの分布を示し、そのメジアン系は103nmでした。
HORIBAのラマン顕微鏡(XploRA)により測定した試料分散溶液のD/GバンドのラマンスペクトルをFigure 8に示します。測定には、溶液測定用アタッチメント(マルチパスセル)を装着し、石英製角セルを用いました。遠心処理により凝集残渣は除去され、強度比ID/IGが0.015の高純度のSWCNT分散溶液を得ることができました。チューブ直径に対応するRBM(Radial Breathing Mode)領域のラマンスペクトル(Figure 9)および吸光スペクトル(Figure 10)では、各バンドの分離がよく、チューブがよく分散している様子がわかります。それぞれ、対応する半導体性SWCNTの構造をカイラル指数で示します。
Figure 8 D and G Raman bands of SWCNT/SDBS He-Ne Lase?r 633 nm?for excitation.
Figure 9 RBM Raman bands of SWCNT/SDBS He-Ne Lase?r 633 nm?for excitation.A pair of numbers in parenthesis is chiral indices of SWCNT.
Figure 10 Absorption Spectra of SWCNT/SDBS A pair of numbers in parenthesis is chiral indices of SWCNT
Figure 11 NIR-PL EEM map of SWCNT/SDBS A pair of number in parenthesis is chiral indices of SWCNT
近赤外発光分光装置(Nanolog)を使って測定したNIR-PLのEEMマップの結果をFigure 11に示します。明瞭な孤立ピークが観測されています。
この分散試料のNIR-PLは非常に安定で、Figure 12に示すように、試料調整後214日が経過しても励起波長720 nmにおけるPLバンドの発光波長位置の変化は約8 nm程度でした。また、励起波長位置はほとんど変化しませんでした。
発光強度は、3か月経過後も初期の80%と高い値を維持し、その最大PLバンドの強度は1200 cnt/sでした。
HORIBAでは、本試料をCNTのNIR-PLを測定するときの装置性能確認用試料として活用しています。
Figure 12 Peak shift of NIR PL bands of SWCNT/SDBS NIR-PL bands were assigned as(10,2)(, 9,4)and(8,6)for each. Excitation wavelength was 720nm. The left figure is the initial spectrum. Every bands shifted about 8nm longer wavelength after 214 days.
SWCNTは、NIST(National Institute of Standards and Technology)の参照試料としてRow Soot(SRM2483)、Bucky Paper(RM8282)に加えて、2014年よりチューブ長〜0.8 μm,〜0.4 μm,〜0.15 μmのSWCNT分散溶液試料(RM8281)が提供されています。また、産業技術総合研究所では、金属型・半導体型のSWCNTを効率的・高純度に分離することに成功し、用途開発のために試料提供を実施しています。このように品質の高いSWCNTの分散溶液の開発が進むにつれて、今回紹介したSWCNT分散溶液の評価ニーズが益々高まっていくと考えられます。
HORIBAでは、技術情報誌としてReadoutを発行しています。誌名“Readout(リード・アウト)”には、HORIBAが創造・育成した製品や技術に関する情報を広く世にお知らせし、読み取って頂きたいという願いが込められています。