高空間分解能ラマンイメージングを得る技術の代表的な例として、先端増強場を利用したチップ増強ラマン顕微分光法(TERS: Tip-Enhanced Raman Spectroscopy) があげられます。光学顕微分光法には回折限界による空間分解能の壁があります。TERSでは金属短針に光を照明することで針先数十ナノメートル領域に近接する新たな光が誘起されます。 それを微小光源として試料を照らしラマン散乱光を取得することでナノメートルの空間分解能を実現します。
カーボンナノチューブのTERS画像
100×100 nmの領域をTERS測定し、1本のカーボンナノチューブのラマンイメージングを取得。
ピクセルステップサイズ:1.3 nm 合計取得時間:< 9分
8nmの空間分解能を実現しています。 この解像度はカンチレバーのチップ先端の曲率半径に依存します。
グラフェンフレークの欠陥とその濃度分布は、GバンドとDバンドの強度の比の分布を得ることで観察することが可能です。
酸化グラフェンフレークのTERSマッピング (a)Dバンド強度(1.5×1.5μm²)TERSマッピング像 (b)同じフレークのトポグラフィー画像 (c)3か所の▲印でマークされた場所TERSスペクトル
二次元材料はグラフェンだけではなく、二硫化モリブデンMoS₂、二セレン化タングステンWSe₂などの二次元遷移金属カルコゲナイド材料も研究開発が盛んに行われています。
(a)金で剥離したMoS₂の数層の厚いフレークのTERSイメージング(408 cm⁻¹のピーク(緑)と465 cm⁻¹(青)) (b)TERS イメージング内の特徴的な箇所のスペクトル (c)対応するトポグラフィイメージ (d)AFM断面分析
表面化学、触媒作用、または生物学において表面上の分子の化学的特性評価は、存在する分子の量が少ないため分光学的特性評価が困難ですが、TERSの増強作用を活用した測定により評価できる可能性が高くなります。
(a)ナノコンタクト印刷によって形成されたパターン化されたアゾベンゼンSAM*の1141cm⁻¹のピークを監視して得られたTERSマップ。 (b)アゾベンゼン分子のTERSスペクトル。 レーザ波長633nm; レーザー出力0.5mW (Dr. Marc Chaigneau提供)
ラマン信号をプラズモンにより増幅することで、ピコモルレベルの核酸塩基をラベルフリーで検出することが可能です。 核酸塩基の相違に基づく明確なシグネチャー(識別遺伝子)をRNAとDNAから検出できることも示され、直接、核酸シーケンシング(塩基配列決定)をラベルフリーで実現できる可能性が見出されています。
(a)操作されたDNAのAFMトポグラフィー (b)50×20 nm²のTERSマッピング(A / Tのホモポリマーブロック) (c)50×20 nm²のTERSマッピング(G / Cのホモポリマーブロック) (d)TERSマッピングからの水平方向に平均化されたスペクトルマップ (e)元のシーケンス (データ提供:Dr Noah Kolodziejski、放射線モニタリングデバイス。)
原子間力顕微鏡(AFM)-ラマン分光統合装置