株式会社堀場製作所 中田 靖、赤路 佐希子、篠崎 陽子
Readout No.44 April 2015
カーボンナノチューブ(CNT)は,その熱安定性,強靭性,軽さ,得意な電気特性,生体親和性において優れた性質をもち,ナノマテリアルとして様々な応用が検討され,実用化が進んでいる。特に,透明導電フィルム,帯電防止膜,タッチパネル,FET(電界効果トランジスタ)といったエレクトロニクス応用においては,CNTの分散技術が重要になっており,凝集度,長さ,電気特性(半導体性/金属性,CNTのネットワーク形成)が調べられている。
バルク分析による純度評価の場合には元素分析,熱重量分析などが用いられ,ナノ構造の観察には透過電子顕微鏡(TEM)や原子間力顕微鏡(AFM)が重要な分析手法となっているが,特に単層カーボンナノチューブの分散性評価の場合には,光を用いた分析手法が有効である。本稿では,弊社で調製したCNT分散溶液の分析事例を使って,分析の実際について紹介する。
炭素(カーボン)原子は4つの結合手でつながるとSP3混成軌道を形成し3次元構造をとる(ダイヤモンド)。3つの手で結合するとSP2混成軌道を形成し2次元の平面構造をとり,これをグラフェンシートと呼んでいる。このシートが積み重なったものが鉛筆の成分である黒鉛(グラファイト)であり,π電子により電気伝導性を有する。
Figure 1に示すようにカーボンナノチューブは1枚のグラフェンシートがチューブ状になることで1次元構造となる。合成後のチューブは終端が閉じていて中は真空である。終端では五角形の構造と六角形の構造が組み合わされ,いわゆるサッカーボールで知られる曲面構造になる。チューブではなく球(0次元構造)の場合が,C60に代表されるフラーレンである。
多重に重なったチューブを多層カーボンナノチューブ(MWCNT),一層のチューブを単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と呼んでいる。チューブに なっても炭素六角形が成立する構造になるための条件は複数あり,SWCNTの構造はカイラル指数と呼ばれる数字の組で表される。また,カイラル角で定義さ れるチューブの軸に対する六角形の方向は構造により異なっている。
Figure 1のチューブは,カイラル指数(5,5)の構造をしていて,チューブ直径は0.678nm,六角形の向きは最大の30度(π/6)になる。このタイプのチューブはアームチェア型と呼ばれ金属性を示すことがわかっている。チューブ直径は,構造によってサブナノメートルからスーパーグロースCNT(産業技術総合研究所)と呼ばれる2〜3 nmの直径を持つものまで存在する。このように,構造の種類としては数十種類の構造が考えられ,通常の合成ではこれらの異なる構造もつチューブの混合物が得られる。構造の違いによって半導体性を示すチューブと,電気伝導性を持つ金属性のチューブがあり,FET(電界効果トランジスタ)などのエレクトロニクスに応用されている。
しかし,本来のナノマテリアルとしての特異性を利用するためには,この多様な構造を制御する必要があり,将来,目的の特定の構造を持つチューブが自由に利用できるようになれば夢のエレクトロニクス素材が実現する。
SWCNTは比表面積が大きいために凝集しやすく,合成後のチューブは通常チューブの束を形成している。O’Connellらは,チューブを界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の重水溶液中で超音波分散させ,超遠心分離によりチューブが孤立分散した溶液を調製した。吸光分光スペクトルを測定すると,分散状態が悪い段階では吸収バンドは観測できないが,調製した高度に分散した溶液ではSWCNTの明瞭な吸収バンドを観測できるようになった。
これは,チューブ間の相互作用がなくなることでバンド幅が小さくなったためである。そして,この溶液のNIR-PLを測定することにより,半導体性SWCNTから発せられる特徴的なNIR-PLスペクトルを観測することに成功した[1]。
NIR-PLを連続した励起波長で測定することで,チューブ構造に1対1に対応するEEM(Excitation Emission Matrix)マップを得ることができる[2]。彼らが用いた装置は弊社のFluoroLog3-211にシングルチャンネル近赤外検出器を搭載したものであったが,今では,アレイ検出器を搭載した近赤外発光分光装置Nanolog(Figure 2)が開発され,近赤外領域のEEMが高速に測定できるようになった。測定例としてFigure 3に,アルコールCVD法で作成されたSWCNTのNIR-PL EEMマップ(a)と,カイラリティ分布(b)を示す。図中,数字の組はカイラル指数である。
SWCNTの純度を測定するにはラマン分光法が有効である。グラファイト構造を示すGバンドと,チューブの欠陥やアモルファスカーボンに由来するDバンドが現れ,その強度比(ID/IG)は,SWCNT純度の指標となる。
Figure 4に分散剤にシクロアミロースを用いたときのSWCNT精製過程のラマンスペクトルを示す。触媒など不純物を取り除いた画分F1を遠心分離し,その上清を画分F2,沈殿物の再分散液を画分F3とした。ラマンバンド強度比ID/IGは,F1が0.60であるのに対して,上清画分F2では0.39を示し,遠心分離による精製により純度が向上したことがわかる。沈殿物F3のID/IGは,F1より大きい値(1.01)を示した。
分散チューブの大きさを評価するためには,動的光散乱(DLS)法が用いられる。同原理を用いた弊社のナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)をFigure 5に示す。直径1nm程度の孤立分散チューブは溶液中では屈曲性線状分子の回転体(粒子)となってブラウン運動をしている。照射したレーザ光がこの粒子のブラウン運動により変調する様子から,その拡散係数を求め,球相当径としての粒子径が求まる。Figure 6に,0.2%カルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液に分散したSWCNTの粒子径分布を示す。
600 W超音波ホモジナイザの処理によって次第に粒子径(モード径)と分布幅(σ値)が小さくなっていく様子がわかる。分散したいCNTの直径や用途に合わせて,SWCNTの分散剤にはSDSの他にもドデシルベンゼン硫酸ナトリウム(SDBS)やコール酸ナトリウムといった界面活性剤,および,CMC[3]や水溶性キシラン[4],核酸といった高分子が分散剤として用いられる。凝集チューブから効率よく孤立分散チューブを分離するために,最適な分散剤を選択することも重要である。
HiPco製SWCNT(Carbon Nanotechnologies, Inc.)を1%ドデシルベンゼン硫酸ナトリウム(SDBS)水溶液中で撹拌後,600 Wホモジナイザを用いて分散した。精製後,超遠心機(CS150NX,日立工機製)で回転速度46,000 rpm(120000G)で1時間分離し,上清を試料とした。
ナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)により測定したDLS法による粒子径分布をFigure 7に示す。その大きさは50 nmから1000 nmの分布を示し,そのメジアン系は103nmであった。
当社のラマン顕微鏡(XploRA)により測定した試料分散溶液のD/GバンドのラマンスペクトルをFigure 8に示す。測定には,溶液測定用アタッチメント(マルチパスセル)を装着し,石英製角セルを用いた。遠心処理により凝集残渣は除去され,強度比ID/IGが0.015の高純度のSWCNT分散溶液を得ることができた。チューブ直径に対応するRBM(Radial Breathing Mode)領域のラマンスペクトル(Figure 9)および吸光スペクトル(Figure 10)では,各バンドの分離がよく,チューブがよく分散している様子がわかる。それぞれ,対応する半導体性SWCNTの構造をカイラル指数で示す。
近赤外発光分光装置(Nanolog)を使って測定したNIR-PLのEEMマップの結果をFigure 11に示す。明瞭な孤立ピークが観測されている。
この分散試料のNIR-PLは非常に安定で,Figure 12に示すように,試料調整後214日が経過しても励起波長720 nmにおけるPLバンドの発光波長位置の変化は約8 nm程度であった。また,励起波長位置はほとんど変化しなかった。
発光強度は,3か月経過後も初期の80%と高い値を維持し,その最大PLバンドの強度は1200 cnt/sであった。
弊社では,本試料をCNTのNIR-PLを測定するときの装置性能確認用試料として活用している。
SWCNTは,NIST(National Institute of Standards and Technology)の参照試料としてRow Soot(SRM2483),Bucky Paper(RM8282)に加えて,2014年よりチューブ長〜0.8 μm,〜0.4 μm,〜0.15 μmのSWCNT分散溶液試料(RM8281)が提供されている。また,産業技術総合研究所では,金属型・半導体型のSWCNTを効率的・高純度に分離することに成功し,用途開発のために試料提供を実施している。このように品質の高いSWCNTの分散溶液の開発が進むにつれて,今回,紹介したSWCNT分散溶液の評価ニーズが益々高まっていくと考えられる。
中田 靖
Yasushi NAKATA
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
科学・半導体開発部
博士(理学)
赤路 佐希子
Sakiko AKAJI
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
科学・半導体開発部
篠崎 陽子
Yoko SHINOZAKI
株式会社 堀場製作所
開発本部 アプリケーション開発センター
科学・半導体開発部
[ 1 ] M. J. O’Connell, S. M. Bachilo, C. B Huff man, V. C. Moore, M. S. Strano, E. H. Haroz, K. L. Rialon, P. J Boul, W. H. Noon, C. Kittrell, J. Ma, R. H. Hauge, R. B. Weisman, and R. E. Smalley, Science, 297, 593(2002).
[ 2 ] S. M. Bachilo, M. S. Strano, C. Kittrell, R. H. Hauge, R. E. Smalley, and R. B. Weisman, Science, 298, 2361(2002).
[ 3 ] N. Minami, Y. Kim, K. Miyashita, S. Kazaoui, and B. Nalini, Appl. Phys. Lett 88, 093123(2002).
[ 4 ] S. Kitamyra, Y. Terada, T. Takaha, M. Ikeda US 20090148573 A1.
モジュール型近赤外高速蛍光分光光度計
ナノ粒子解析装置
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